+本日快晴、大雨 成+
朝の天気予報で確かに、可愛らしい顔をしたキャスターは伝え
ていた。
「本日は、綺麗な青空が広がる事でしょう」
と。それは、とても誇らしげに。
勿論、天気はそのとおり澄み切った青い色をしていた。
まさに快晴と呼ぶにふさわしい天気だった。
私の心と、あまりに対比していて怒りすら覚えるほどだった。
筈なのに…。
何故。今こんなにも雨が降ったのはどういうことなのだろうか?
あのむだにぶりっこのキャスターの顔面を傘で殴りつけてやりたかった。奴がこ
こにいて、私が傘をもっていたならの話なのだが。いや、もしかしたらその前に
こんなコンクリートジャングルの真っただ中でそんな暴行を働いたらまっさきに
つかまるだろう。
それは、まずい。
折角選んだ一張羅が、雨に濡れて惨めになったこの怒りは一人で静かに飲むこと
としてやろう。
そんな事をぼやぼや考えている場合ではない。
周りの音が全て吸収されるような土砂降りの中で、ただ一人ぽつんと佇んでいる
ような馬鹿ではないのだ。
そうして私は、すぐさま雨をしのぐのによさそうな場所を見つけた。小ジャレタ
ビルの壁に張り付いた、これまた小ジャレた雨よけがある。
中々の広さがあり、この雨が上がるまでの時間を過ごすにはちょうどよさそうだ
った。
変な風に能書きを垂れていて、これ以上ぬれ鼠になってもますます惨めになるだ
けだった。
私は、あと先も考えずにそこに飛び込んだ。
 
 
その瞬間に仕舞ったと思った。
そこにいたのは、見るに堪えないような酷いファッションセンスをさらしている
青年だった。
厚ぼったい眼鏡もぼさぼさの髪も、ぶかぶかの上着も、鼠色のズボンもさらに時
代をくれのボロボロの番傘を持っていたり全てが負のオーラを発していた。
これでその口から「浪人生です」
と云われたところでなんの不思議もないだろう
。だいたい、どんなにばっちくても傘を持っているのなら一刻も早くここから出
て行ってほしかった。
どこをどうすれば、あそこまでダサくなれるのかいっそのこと聞いてみたくなっ
た。
いや、むしろ口すらも聞きたくない。
いっそのこと、私がこんな人間と空間をともにした記憶事消し去りたかった。
「あの…」
最悪だ。声をかけられた。
気味が悪いし、気色悪い。
そして、私の気分も相当悪いので、無視することにし
た。
「おひとりですか?」
「その言葉、そのままお返しします」
しまった。
なんということだ。
「……お、まさか返してもらえるとは思いませんでした」
爽やかに笑うな。
とおもいながらも、私も社交辞令として笑っていた。
「えぇ…そうですか」
「綺麗なワンピースですね」
「…そうですか」
一問一答。
こう云う奴は、早めにあしらうに限る。
「きっと彼もそんな、綺麗な召し物だったら褒めてくれたんじ
ゃないですか?」
何を聞いているのはこいつは。
「…あなたには関係ないでしょう?」
無視か。
「褒めてもらって、嬉しかったでしょう?」
これがもし、こんなダサい男じゃなければただのセクハラだろう。名前も分から
ないからこそ告訴できない現状が悔しかった。
「この服は確かに気に入っています。それが?」「だから今日はその服なんです
か?」
意味が分からない。……何故、そんな事を聞くのだろうか?
「お気に入りを着たいときに着ても…なんら不思議はないと思いますが」
「今日は着たい気分だったんですね?」
「えぇ…そうです」
そんな風にほじくり返さないでほしい。
「やっぱり、綺麗でいたいんですか?」
「……難しい質問ね」
「いいえ、簡単な事です。綺麗でいたいかそうでないか…簡単な事じゃないです
か」
「…身だしなみを整えるのは大切です」
「誰の為に?」
……
「なんで、そんな事を聞かれるんですか?」
会社で習った営業スマイルを炸裂させて答えた。
決して煮えたぎる怒りの感情を表に出さない、それがコツだ。
「聞いているからです」
「何故でしょうか?」
「聞きたいからです」
結論。諦めた。
私はささやかな反撃に出る事にした。
「あなた、よく変わった人といわれない?」
「……いいえ。残念ながら」
素直に答えるな。さっきから、こいつは人の感情を逆撫でする
ことしかしないのか。
「変わってますね」
「それは、否めないのでしょう…。私が人と違うのは…それは当然の事なのです
から」
なにその所ぼくれた顔は、まるで私が悪いみたいじゃない。
「やけに、否定的ね」
「理ですから」
意味が分からない。
「あなた、友達いないでしょう」
「そうですね。つくれるようなものじゃありませんから」
苦笑い。私は、愛想笑い。
互いに、心の闇を隠して笑いあっているなど反吐のでそうな光景だ。
「人と付き合う事が苦手なようね」
「…ですね」
「あなた、一人身なんですね」
皮肉を込めた。
「えぇ、貴方と同じです…」
皮肉でもないのに、返された。純粋な分達が悪い。
「私とあなたは違うの」
「えぇ、そうですね」
「じゃあ、勝手に同じにするなんて失礼じゃない?」
「…そうかもしれません」
なんだか、疲れてきた。
こんな奴につきあっているくらいならいっそのことぬれ鼠になった方がましかも
しれない。
もう少し歩けば、またどこかで雨宿りが出来るだろう。
私は、この雨どいから抜け出そうとした。
 
 
 
 
「駄目だ。行っちゃ駄目だ」
不意に腕を掴まれた。
さっきまでの、気の弱そうなそぶりは全くなかった。
気味が悪いと思う前に、何故か正しい事のような気持ちにさせられた。
激しい雨音だけが聞こえる、静寂だった。
「……私、急いでいるんで」
「行って何になるんだ?」
彼は、私をまっすぐに見つめていた。鋭い瞳で射抜かれる。
私は、悟った。
彼は知っている。
「いやっ! 放して!! 私は!!」
「君が、その仲を引き裂きたいのなら勝手に引き裂けばいい!!」
「…そうよ! あの男が悪いのよ!?」
好きだった男。違うわ、今も愛している。
けれどもそう思っていたのは私だけだった。彼は、私に目が無かった。彼は、私
なんかよりも、もっと若くて可愛い子を選んだ。
「君は、あそこにいってはならない」
その声はとても凄味があった。
私は、その威勢に負けまいと叫んだ。
叫び声は、雨にかき消される。けれども雨のせいでさらに響いて聞こえた。
「浮気なんて、許さないわ!! 別に犯罪に手を染めたりしようとしてるんじゃ
ない。あの馬鹿の軽い口を殴らせてもらうだけで気が済むわ」
「だから、それは構わない。けれども、今は駄目だ」
「放しなさい!!」
「今日は…今日だけは駄目だ。君がそのワンピースを気に入っているのなら尚の
事出ていくな」
その瞳の力強さは禍々しさもあった。
掴まれた腕からは、まったく体温が伝わってこないが、その瞳はとても熱かった
その温かな気持ちに私の、熱も冷めてしまった。
怒りが収まると、妙に冷静になった自分が居た。
「こんな土砂降りの雨の中じゃお気に入りのワンピースも、
みすぼらしいわ……
彼はまた穏やかな瞳になった。
私の腕を放して肩をすくめた。
「……大丈夫。ワンピースは洗えば綺麗になりますよ」
「…くすくす。あんだけいっておいて……。やっぱりあなたって…おかしいわ」
やるせない気持ちが、何故か可笑しくなってきた。
「…そうですね」
「…そう、とても変わっているわ」
「…えぇ」
彼は、少し寂しげに笑った。
それならば、言い返せばいいものをなんだかみていてまどろっこしくなってきた
「…何か言いたいこととかはないの?」
というと、彼は先ほどとは違った、けれども真剣な表情で訪ねてきた。
「…雨は好きかい?」
「はい?」
雨?
「雨、好きかい?」
……こいつが頭のおかしい事を云うのは何回目だろうか。
いい加減隠すのも馬鹿らしくなってきてしまった。
「そうね……雨は…好きよ。でもね、あなたみたいなじめじめした人間は嫌いよ
「あは…あははは、あははははは」
彼は、腹を抱えて目に泪を浮かべて笑っていた。
そして、笑いの発作が治まって彼が発した第一声がさらに驚きだった。
「あなたは、おかしな事を云う」
「そっくりそのまま返すわ」
私はそんな彼につられて、笑ってしまっていた。なんだか、とても久しぶりに笑
った気がした。
いつから仏頂面を続けていたんだろう…。そう、あいつの浮気を知ってからだ…
それからずっと、私はもんもんとして馬鹿みたいに生きていたんだ。
でも今はとても、晴れやかな気分になっていた。
「ねぇ…」
私は、不意に彼の居た方を見詰めた。
彼は、居なくなっていた。それどころではない……先程までの土砂降りが嘘のよ
うに消えていた。
 
 
 
 
翌日。
私は普段買うことなど無いゴシップ週刊誌を手に取っていた。
私が読んでいたのは昨日都内のとある車線で大事故があったという記事だった。
列車が横転し、多くの人がなくなったという事故の記事だった。
それどころか、その横転したのが駅の近くであったために対応の遅れた一本後の
電車からも多くのけが人が出たという事だった。
その記事が厭に目についたのは…私はあの時もしあの正体不明の大雨さえ降って
いなければ、その一本目の電車に乗っていた可能性が高かったのだ。
私があの奇妙な青年と話していた十分程度。あれがなければ私は、二本目の電車
に乗って大けがをしていたのかもしれないのだ。
「…世の中って、不思議な事もあるもんね」
私は一通りの記事を読み終え興味のなくなった雑誌を床にほうり投げた。
 
 
開かれたページは、都市伝説に関する記事だった。
私はその記事に吸い寄せられた。
そこには、こう書かれていた。
なんでもこの町には、妖怪が住んでいるというのだ。
その妖怪はなんでも、とても心優しいというとても奇妙な奴らしい。
妖怪として、どうなのだろうかと思わず考えさせられてしまった。
幼いころから、備えてきた妖怪と云うイメージとまったく合わない性格だからだ
なんでもその名も『アメフラシ』というらしい。その名の通り、ただ雨を降らす
だけの妖怪なのだが、この町にはそれがでるらしいのだ。
そのアメフラシにあった人は、みな一様にその優しさについて語るのだそうだ。
そんな、どうでもいいようなたぐいである低能な記事を私は、しばらく読みふけ
っていた。
「…アメフラシ…ねぇ」
私はそれを知っている気がした。イメージが浮かぶ。
それはなんだか、なんともいえないダサイ恰好をしたさえない青年の顔だ。
私は、まだその都市伝説についての記事がまだ続いている事に気がついてページ
をめくった。
そこには、厚ぼったい眼鏡をかけたぼさぼさの髪の、ぶかぶかの上着に鼠色のズ
ボンを着て、のボロボロの番傘を持った青年の絵が描かれていた。


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