ナレ:そこは、ある御屋敷の小さな窓辺。部屋の中から語らう青年とそんな窓の下で座る少女。
青年の方は見るからに立派な服を着ている、少女の方はみすぼらしく女性が着るにはふさわしくない格好だった。
青年は窓の下に少女が座るのをちらりと見ると、歌をやめた。
青年は暫く苦しそうに胸を押さえて,それがおさまると窓辺に身を乗り出し少女に語りかけた。
男「……。やぁ、お嬢さんまた…いらしたんだね」
女「っご、ごめんなさい。勝手に入ってしまって…ごめんなさい!!」
男「いや、いいんだよ。自分で云うのもなんだけど…その庭は居心地がいいから」
女「…いつから気付いていたの?」
男「ずっと前から気づいてたさ。…暫く前から聞きたい事があったんだ…君は歌を歌う事は好きかい?」
女「歌を聴く事が…好きよ。とても好き」
男「じゃあ君も…歌えばいい。ともに歌おう」
女「歌は…難しくて、歌えないわ。私は、文字なんて読めないもの」
男「文字なんて、読めなくてもいいんだ。ただ音程をとるそれだけさ」
女「そんなこと云っても、難しい…出来ないわ。私には生きる価値がないモノ、私がいなくても代わりの誰かが花を売るわ」
男「君は一人しかいない、仕事なんかにとらわれていちゃいけない」
女「代わりなんていくらでもいる、だからいらないの。いつもそう云われるわ」
男「そんなことないさ。君がそうしてそこにいる事が、僕はとてもうれしいんだから。さぁ、歌を教えてあげよう」
女「でも、どうやって? どうすればいいの?」
男「僕の真似をすればいいのさ…そうすればきっと歌えるから」
女「…うん」
ナレ:少女はコクンと頷いた。
もとより、年の近い二人はそれまで長きにわたり交わらなかった事が嘘のように打ち解けていた。
言葉は交わさなくとも、今まで一緒にいた事が二人の中を気付いたようだった。
青年の声は美しく、少女の声は心なしかつたない。
けれども、時折青年の声は震え、少女の声とよく混ざり合い心地よいハーモニーを生み出した。
女「私も…こんな風に歌えるのね」
男「そうだね…だれだって歌えるんだ」
女「でも、駄目…あなたみたいに上手くないわ…」
男「僕は、歌い鳥みたいなもんさ。生きる意味の全てが歌なのさ」
女「…そうなの?」
男「そうさ、それが好きだ。何より好きだ。それが、生きる意味だ。
僕は歌うために生きている。それが、幸せだ」
女「どうして、そう思うの?」
男「歌う事が好きだからさ。だから、歌えない人生に意味はない。
それが出来ないのなら…もうそこに生きる意味はないのだから」
女「…そう」
男「だから、もうすぐ…僕は生きる意味を失う」
女「どうして?」
男「…神さまは意地悪だ」
女「なぜ?」
男「病気になったのさ。流行病の肺病さ」
女「治らないの?」
男「治るかもしれない。治る見込みはない。でも、声を出せば確実に死んでしまう。
…だから歌うなと云われた。声を出す事は命を削ると云われた」
女「…だめよ! そんなのダメ。私は、貴方の歌が好きなの!! とても好き。何よりも好き」
男「だから、僕は歌いたい」
女「違う。きっとあなたの言っている事は矛盾している」
男「分かってる。…分かっているんだ。でも、歌えなくなるのならばそんなのは、生きていないのも同然だ」
女「でも、死んでしまったら、もう歌えないのよ! どうして、歌うの!? 死んでしまうのに!!」
男「歌えない人生に意味はないんだ! だから、歌うんだ!」
ナレ:そして、沈黙が訪れる。青年が呼吸を乱す音だけが聞こえる。
草むらを凪ぐ風の音に負けないほどに、それは乱れていた。
呼吸が落ち着くと青年は少女にほほ笑んだ。
男「僕はね…ここで、歌う事が好きなんだ。君は、僕の歌を聞いてくれる」
女「……」
男「富や名声じゃない。しがらみもない。誰かに見つかるかもしれない、
そんなリスクを乗り越えてまで、ただ単に僕の歌を聞いてくれる君がいるから」
女「…うん」
男「君の云うとおり、歌わなければ死なないかも知れない。
でも、歌えないのならそれは死んだも同じなんだ。
だから、歌いながら死ねるならそれが僕の生きた意味になる」
女「…いやよ。いや…アナタの歌が聞けなくなってしまうのは」
男「僕も厭さ、歌えなくなるのは。だから、今は歌うのさ」
女「…うん」
男「同じように歌えないのなら、僕は歌って死ぬ道を選ぶんだ。
……でも、それだけじゃいやだ。だから、君に歌を託したい」
女「無理よ!…私、上手く歌えないもの」
男「上手い下手を求めるのは、暇を持て余した貴族くらいさ。歌に品行を求めるのは貴族の戯言さ。
僕はそんなものに耳を傾けたいと思わない。歌は愛だ。それが全てで、それがこもっていれ
ば素晴らしいモノになれる。それ以外はいらない。君は、僕の歌を愛してくれた。
そんな君が、僕の歌を歌うならきっとそれは、素晴らしいモノさ」
女「…本当に? 私も、きれいに歌を歌えるかしら」
男「きっと歌えるさ」
女「あなたと一緒に歌えるなんて、思っていなかったわ。ありがとう」
男「さぁ、歌を歌おう」
女「アナタの歌を歌えるのなら、それでアナタが喜ぶなら歌うわ」
ナレ:青年と少女はともに歌い始める。
青年の美しい声はすぐに枯れてしまう、少女の声はおぼつかないモノがすぐに凛としていく。
それから、何日か何週か…時間が過ぎた時、ある一人の葬儀が行われた。
その国で名をはせた貴族の、嫡男であるその子供は国王のお気に入りの歌い手であった。
そんな、葬儀に葬送歌を捧げたのは、名も知らぬ少女だった。
そんな少女の唄を聞いて王様はすぐに少女を気にいった。
王様は、少女の唄についてこう語る
少女の唄はとても、青年の唄に似ていた。
ただそう、一言だけ。