ビバ夏休み!
作文が書けずに悩む事数分。
飽きやすい私は、鉛筆を投げ出した。
「こんなん書けるかあああああああああああああああ」
窓の外で耳障りなほど鳴いていた蝉が、逃げる程の雄叫びを上げた。
大体、内容が難しいんだ!
一かいの中学生に、こんな難しい内容を書かせるなんて…何がゆとり教育だ!
あれ? もしかして、なんか少し違う?
ゆとり教育が、難しい宿題を出させたのか。ゆとり教育のせいで宿題が難しく感じるのか…。
後者か。
「うがああああ!」
悔しくなって意味もなく再び叫ぶ。
大体なんなんだ『少子高齢化』って、よく意味が分からない。夏休みもそろそろ終わると云うのに…祖父母の家にまで来てこんな変な作文を何故書かねばならないのだ。
高齢化って事は、老人の事だろうか?
だったら、今祖父母の家にいるから丁度いいじゃないか…。
じゃあ、問題となるのは…。
子供と云う記述だけか。

仕方ない。
ならば、行くしかあるまい!
いざ出陣!!

そう思って勢いよくドアを飛び出した。
「あずさ! 宿題は!!」
母の怒鳴り声が聞えた気がしたが…気にせず行きよいよく飛び出したのだった。



家の近くには、いかにも時代遅れと云った雰囲気の公園があった。
さびだらけの遊具は、見ているだけで触るのが厭になる。
あのブランコなんて、動くのかですら…不明である。
遊べそうな遊具と云えば、滑り台くらいか。
妙にべこべことした表面は、かんかん照りの太陽にさらされて滑ってしまったら火傷をしてしまいそうである。
「さて…」
私は公園で楽しそうにはしゃぐ、小学校低学年ぐらいの年齢の子供たちの群れの中心に向かった。
公園には、彼ら3人しかいなかった。つり目少年となきぼくろ少年とツインテールの少女である。
その姿をまずまずと見つめて。
張って降り立った。
「やぁ、諸君。この私が遊んであげようじゃないか」
ボス山のサルのごとく、私は砂場に参上した。
そして、御山の大将のごとく胸を張っていた。
無いに等しいまな板だった。
「てめぇ! なんてことするんだよ!!!」
「うぅっ!」
「…お山がああ」
そう、私は見事に砂山の上に降り立っていたのである。
「…少年よ。今は別れが悔しいだろうが…泣いている時ではない」
私は、胸を落とし、声を落とした。
気持ちだけは高揚し続けている。
「誰のせいだと思ってるんだよ!」
少年Aに殴られていた。



右から、気の強そうな目つきの少年A事、青也(セイヤ)。
真中は、泣きぼくろの似合う子犬のような潤んだ瞳少年Bの、黄助(オウスケ)。
左には、紅一点ツインテールの似合う朱根(アカネ)。
の三人だ。
「と、いうわけで」
どういうわけだ。
気にせず続ける。
「何をして遊ぶ?」
「おめーいきなりきて、しきんなよー」
青也が叫ぶ。
「うるさいわね!」
ピシャリと云い放つ。
「……しかたねーなぁ。お前がしきっていいよ」
「わかればよろしい」
聞きわけのいいガキだった。
「それで…あの、なにするの?」
黄助が訪ねてくる。
すごく、麗しい瞳だった。
純真無垢な目線が、凄く痛い。
だって、何をすればいいのか…分からなかったからだ。
決めていないのだ。
「ふふん、君がそう云うのなら…仕方がない。君に決める権利をやろう」
「えぇ!? ずるいよぉ」
そういったのは、ツインテールの似合う朱根ちゃんだった。
「ん? なにかね、もしかすると…君も遊びを決めたいのかね?」
「うん!」
「うぅん、ならばよろしい! 君にもその権利をやろう」
「やった」
朱根ちゃんは両手をあげて喜んでいた。
「それで、君たちは何したいんだね?」
「「おにごっこ」「おままごと」」
同時に云われてしまった。
そして、見事にばらばらであった
「えっと…」
このままだと…。
私は頭を回転させた。
「お、鬼から逃げる…家族のままごとをしましょう!」
「…いやだ」
「えぇ!?」
すぐさま発案者二人から、否定の声が上がる。
「そんなどろどろのおままごとやりたくねーよ」
青也の的確な突っ込みだった。
「…じゃあ、良いわ。仕方ない…このまま砂場で遊びましょう」
妥協だった。


しばらく砂場で遊んでいた。
砂をかき集めパンパンと固めて山を作っていく、
初めは両手を合わせて固めた、拳ほどの大きさだった塊が今は標高30センチほどの山になっていた。
因みに、私が乗って破壊した山の標高はだいたい35センチだった。
30センチほどの山でもここまでたどり着くのに、ゆうに40かかった。
作業をしながら、申し訳ない事をしたと思った。
けれどもその気持ちが怒ったのは一瞬だった。
何故なら。
ばしゃあああああああああああ。
という軽快な音共に水がぶっかけられた。
私にじゃない、山に対してだ。
すぐに、ミルクコーヒーの色のような泥が山を這う。
途端に、水が這った跡がえぐれていく。
なんだか、汚い色の富士山みたいだ。
綺麗に形成した形が無残にも消えていく。
そして、悲惨な事にその飛散した水が降りかかった。
「なっ!!」
「水かけるの」
ニコニコと笑いながら、バケツを持った朱根ちゃんがいた。
「なにするのよ!!」
水をかけた当の本人朱根ちゃんには、申し訳ないので青也に向ってどなる。
「なんもしてねーよ」
「…お、おちついて二人とも」
黄助が困ったように云う。
「濡れたらどうするのよ? それに、泥なんて汚れるわ」
「砂場で遊んでるんだから、汚れるもんだろ! 汚れても仕方ない!!」
正論を云われてむっとした。
砂場に居るんだから、汚れても当たり前だ。
「……仕方ないのよ、都会っこの私にはこういう事になれてないよ」
口から出まかせだった。ていうか、絶対に汚れるだろう。
「うん、仕方ないね」
「でも、汚れないようにしようね」
「有難う」
私は泥に濡れた砂をパンパンと積み上げていく。
華麗に、可憐に、美しく。
幼稚園の時の手帳には毎日のように、砂遊びをしたと書いてある。
なれてないどころか、エキスパートと行っても過言ではなかった。
「じゃあ積み上げ速度は…都会なら誰でもできるのか!」
青也は嬉しそうに云っていた。
「おう、都会をなめるな少年よ」
これも嘘だ。
「とかいはやっぱりすごいんだねー」
「都会は凄いもんな!」
隣で、黄助と朱根がうんうんとうなずき合っていた。
今更ながらに罪悪感が生まれた。
それでも、私達はせっせと山を作り続けた。
そんな時だった。
青也が組んできた水がはねた。
そして、私の白いワンピースに泥がついた。
「あっ」
そう云われた瞬間に、私は青也の頭を押さえこんで、山の上に押しつけていた。
「あやまれ」
「え?」
「謝れえええええええ!!」
私はこれでもか! という程に泥山に頭を押しつけた。
「痛い痛い!! なにすんだよ! 汚れんだろ!!」
「だって、汚れてもいいんでしょ?」
私はそういいながら、ギリギリと力を込めて頭を押しつける。
ばたばたと暴れる青也にはどんどんと泥がついていく。
私にも多少の泥はねがあるが気にしない事にした。
「こんなに汚れたら怒られる!!」
「汚れても、いいんでしょ!?」
「す、すいません…」
その言葉を聞いて、パッと手を離した。
「謝るならいい」
「……はい」
「こ、怖い」
「うん…怖いね」
三すくみだった。
あれ? なんか、違うかも?
「お前! そんなんだから、何時まで経ってもおっきくなんねぇんだよ!!」
「失礼な! 立派に成長してるわよ!!!!」
私は拳を握りしめ、叫んだ。
「嘘をつけ!!」
「みよ、この健康体…なんならあれか? 私の心の事を云っているの? 私の心は太平洋のように広いのよ」
「ちげえよ、胸の話だ」
そういって、青也は叫ぶ。
「胸は関係ないだろう!!」
私は全力で青也を殴った。
「ぎゃあああ、おにばばあああ」
そう叫ぶ黄助にも蹴りを加えた。
朱根ちゃんは縮こまって何も云わなかった。
「どうだ、態度のでかさも一人前よ!!」
私はやっぱり無い胸をぴんと張った。
「…じゃあ、続きやろう」
そう朱根ちゃんがコロコロと笑った。
とても、可愛らしい笑顔だった。
その笑顔を見ているとなんだかとてもやる気になった。
うだるような暑さの中、蝉のコーラスを聞きながらリズムよく砂場を開拓する。
砂を盛り、気分を盛り。固め、気持ちを固め。水を流し、汗を流し。泥を作り、作品を作り上げた
そして、それからまたせっせと4人で山を築きあげた。
今や、湖や川まで出来て立派な土地になっていた。
そして、最後に声を合わせてパンと山を叩いた。
あたりは日も暮れ、泣くせみの声も昼間とは違った穏やかな鳴き声に代わっていた。
山の間から落ちるかすかな明かりが、山の陰影をはっきりとさせていた。
その影が最高のダウンライトとなっていた。
本物の山のような気さえしてきた。
私達四人はそれに何時間も見とれていた。
たった数分が、ものすごく長く感じてしまうほどすばらしい山脈だった。
「うむうむ、諸君。素晴らしい出来じゃないか」
「おう、俺たちみんなでがんばったからな」
泥だらけの青也がえばった。
随分な格好だが…謝る気はなかった。
「うん、みんなで作ると楽しいよね」
そういう黄助の泣きぼくろは、泪でしめっていた。
これが、別に黄助に悪い事をした記憶はないんだけどなぁ…。
「じゃあ、また明日ね。おねぇちゃん」
その言葉に私はほほ笑んだ。
「うん、また明日ね」
私は大きな微笑みを浮かべた。
何かが、どうでもよくなるようなとてもいい笑顔だった。
よし! 仕方ない明日もこいつらと遊んでやろう!!
何かを忘れている気がしたが、本当にそんな事はどうでもよくなっていた。


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