桜色交響曲5


 第一章~桜~ 4/5


それから暫くたってからだった。

毎日行く道と帰り道で話をしていた。

話と云っても、今日の空の色とか、俺の顔色がどうとか、
昨日猫が桜の木で寝ていたとか、たわいもない会話だった。

日に日に彼女に会いに来るのが楽しみになっていた。

「今日も来たよ、幽霊ちゃん」

昨日までは、おはようだけであったが今日は親しみをこめて挨拶をした。

…つもりだったのだが、幽霊ちゃんは頬を膨らませた。

『幽霊じゃないよ、「桜」』

「は?」

何の話だろうか?

桜って、たしかにここは桜並木だけれども…。

それが、何か?

『だから、私は「桜」っていうの』

「……は?」

『何度云ったらわかるのかな?だから、私の名前は「桜」なの。わかる?』

「……うん分かった」

なんだか、怒ってないか?

分かりにくい云い方をされて、怒りたいのはこっちだ。

もう…なんだか。

流されている気がする。

しかも、桜とか…。

桜の木にいるから、桜なんだろうか?

あまりにも、そのままの名前に俺は思わず笑ってしまった。

「さ、桜って……なんのギャグ?」

笑ってしまってから、女の子の名前を笑うかななんて
まずいかなって思ったけれども、桜は笑っていた。

『あ、やっと笑った!』

「笑った?」

彼女は、また柔らかにほほ笑むと偉そうに腕を後ろに回して、
その上得意げな口調で話しだした。

そうか俺、桜ちゃんの前で笑ったこと無かったのか…。

それは、悪い事をしたかもしれない。

仏頂面で話をされても、気分を害すだけだ。

『うん、そう。私ね、拓也君に笑ってほしかったの。だから話しかけてたの』

「そっか…」

俺は、自然と笑顔になった。

俺は、満足すると桜ちゃんの所をあとにした。

本当に短い、一日五分か、十分の時間。

行きと帰りの二回。

それでも、一日の中でとても、楽しい時間になっていた。

確かに、学校で健吾何かと昨日のテレビのバラエティが楽しかったとか、
今日の授業の不満だとか…そういう話をしていて、楽しく過ごしていたが…。

それとは、また違った楽しさと云うか、それよりももっと楽しかった。

何故…桜と話しているとあんなに楽しいのか、なんとなく考えてみてた。

俺が健吾と話すときは、少し自分の意見を変えてあいつに合わせる。

そういう気を回す作業を無意識にしていて、それが少し気がかりだった。

だからと云って、それを苦痛と感じる事はないし
…実際友達づきあいと云うのはそう云うものだ。

社交辞令のもっと砕けた感じ…。

だから、友達が多い奴は世間体もいいし、世渡り上手なんだと俺は思う。

一方、桜と話すときはそういう気を回す必要がまったくない…
というか、そう云うものを彼女が許さない。

俺が、機嫌が悪いのならそのままでいい、何があったの?

と、桜ちゃんはきいてくれる。

俺が俺のままでいられる。

そう思えるのがとても楽しいんだ。

また明日、桜ちゃんと話すのが楽しみだった。
 
 
『あ、おはよう拓也君』

「うん、おはよう桜ちゃん」

『あぁ、まだ桜ちゃんっていう…親しみをこめて「桜」って呼んでほしいって、いったの…忘れたの?』

あぁ、確かにそう云われた気がする。

ていうか、昨日出会った時に確かに云われていた…
ただ恥ずかしくてそう呼ぶ気になれなくて…
そのままにしていたら忘れて居た。

昨日の今日で忘れるなんて、悪い事をしたと思った。

しかし、何故俺だけ呼び捨てなのだろう?

桜ちゃんだって、俺の事を君付けしているのに…。

「あぁ…ごめん。じゃぁ…桜……って、呼べば……いいんだろ?」

なんだか、照れる。
『うん、そうだよ』

「……いきなりだと、なんか照れるな」

『あはは、ウブだね~。でも、君が嬉しそうで私も嬉しいな。
もっとそう云う風に幸せそうな顔でいてほしいな。私は、そう思うよ』

なんていう恥ずかしいセリフを…。

この子はサラリと云うのだろうか。

これが天然じゃなくて、作っているのであれば…
もしかしたら、桜ちゃんは恐ろしい女なのかもしれない…
といっても、彼女に限ってそんな事はないだろう。

「そっか……うん有り難う」

しかし、それも束の間…

『いやぁ……本当に良かったよ君は、私と違って、死んでいるみたいだったから』

「なにいってんだよ…。死んでいるのは、そっちの方じゃないか?」

俺は、桜ちゃんの冗談だと思って笑い飛ばした。

すると、桜ちゃんは、さっきまでと変わらない口調で云った。

不吉な言葉を普段となんのかわり映えもなく。

さらりといってのけた。

その様から俺が分かったのは彼女の言葉が嘘じゃない。

本音だ。

『確かに、私は体は消えてしまったかもしれない。
けれども、私は生きている…けれども君はさ、死んでいるから……』

「っ!?」

その瞬間俺は、怒りを感じた。

消え入るようなその言い方は、呆れたような感情を混ぜられたように感じた。

今、コイツはなんて云った?

俺が、死んでいる?

なんで、そう云い切れるんだ。

しかも、幽霊に?

なぜ、そんな風に云われなければならないのか…。

ふざけるな。
憤りを感じた。
その言葉に、一瞬にして理性を奪われた。

顔が真っ赤になる。

怒りが熱となって全身を駆け巡る。
何が、そんなに悔しいのか分からない、それでもなにかが無性に悔しかった。

俺は足早にその場所を離れた。

何が、「本音で話せる」だよ…「俺のままでいられる」だよ…。

何考えてたんだよ、俺は…。

そう云う風に自惚れるなんて、馬鹿みたいだ。やっぱ…本当に馬鹿みたいだ…。

ざまぁ、ねぇな。ホントに…。
 
 
 
こんな風にむしゃくしゃした日は、ギターを手に取る。
いつもよりも激しくはじかれて、切れのある音が、俺の怒りをどんどん吸い取っていく。

アコースティックギターだから、そんなに様にはならないけれども、今はそれでもいい。
ギターを弾けるんだって云う優越感で満たされて、それだけで幸せになれる。

弦をはじくたびに心の中のモヤモヤまではじかれていく。

音が繋がる、心が開かれる。

とても、楽しい。

ずっと続けて居たくなる。

かあさんが、呼んだ。

ご飯だという、けれども俺は「あとでいく」とだけ答えて暫くギターをひいていた。

がむしゃらに、ずっと。

そのうち本当にお腹がすいて下に降りていった。
 
 
どうやら、姉貴も弟もご飯を食べ終わってどこかに行ってしまったらしい。

ダイニングにあるテレビをみていた。

俺が来た事に気付く母さんは、白いご飯をよそって、少しさめたおかずを電子レンジで温めた。

温かいご飯と少しだけ冷たいおかず。

美味しいけれども、うまく喉をとおらない。

そんな俺をみて、母親は俺の体調を気遣ってくれた。

そんな些細な心遣いがとても嬉しかった。

俺には、家族がいる。

それも、ちゃんとした家族だ。

ドラマに出てくるような、絵にかいたような幸せ家族じゃないにしろ…。

どこにでもあるような、円満な家庭。

それに、学校生活だって充実している。

友達だっているし、成績も悪くない。

運動だって、結構得意だ。

教室の隅でいじめられているような陰湿で地味な奴じゃない。

それなのに、桜は俺の事を否定した。
いままで、自分はあたりさわりの無い普通の人間だと思っていた。

だから、俺は貶される事はないと思っていた。

何故、あんな風に云われなくてはならないんだろう?
 


俺には、桜の「あの言葉」が俺を苦しめた。

まだ出会って数日で…名前だって最近知った。

そんな人に貶された気がした。

どういう風にって?

それは「お前には、生きている価値がない」
そう云われた気がした。

だから、むしゃくしゃしていた。

俺は馬鹿だった、ありのままの自分なんてだしたら、
馬鹿にされるってことも、分からない大バカ者だった。
本当に、俺は馬鹿だ。
馬鹿で、馬鹿で仕方がない…そんな馬鹿者なんだ。

何回も頭の中で、自分をそう呼んでいた。

桜なんて、どうせ俺のそう云うところを罵倒したかったそうい奴なんだ…。

騙しやがって……。
 
  

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